70歳のモレスキン

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昔は付けていた日記に雑事の忙しさからしばらくの間遠ざかっていた。今年になってモレスキン手帳を啓蒙書と共に買ってはみたものの、自分はさっぱり使わず。結局、一週間もたたないうちに今年70才になろうという、母にあげてしまった。ところが、しばらくたって母から連絡が「もうモレスキンに夢中」だとういう。

まさか母の口から、モレスキン(こういう外国語固有名は、かなりの頻度でなにかしら言い間違う人だ)の名称を聞こうとは思わなかったため、一体何事と思いつつ、何に使っているのか聞いてみた。「新聞読んでいて、ちょっと気になった記事切り抜いたり」「日記代わりにしたことを記録したり」「見つけた花の名前を調べてメモしたり」「今度合唱のサークルで歌う歌の歌詞を書き出したり」「ラジオで聞いた健康づくりの話を書き留めたり」「今度行った時買わないといけない日用品や食品をメモしたり」「旅行に行く先のことを調べたり」と本当に、70歳のライフハックというか、彼女なりの切り口で日々、活用しているらしい。習字の有段者だった母は、かなりの達筆で、几帳面に徒然なるままに鉛筆でモレスキン手帳に書き連ねているようだ。

「もうモレスキンの方が忙しくてパソコンは置きっぱなしのままなのよ~」彼女は、自分のノートパソコンを手にいれてメール設定などをして数ヶ月経つものの、放っておかれたままである。「Facebookやってみる?」と勧めてみても「何それ?いいわ。お友達もパソコン持ってないし」と一蹴だった。

rose.JPG前回のエントリにて、シニア世代のパソコン初心者の流入数が大きいと述べたが、こうしたじじばば世代に向けた、製品やサポートは充分と言えるだろうか?
子ども世代が、孫の写真を送ったり、メールやブラウザ閲覧など勧めて、ようやくらくらくホンの使い方やパソコンを使う機会があった人以外、特に高齢者女性がパソコンを使ってみようと思うきっかけは少なそうだ。例え、使ってみたいと思うきっかけが有ったとしても、企業などでパソコンに多少なりとも親しんだ男性陣と違い、女性にはパソコン初心者向け指南がされる機会は少ないものだ。

しかし、冒頭の母のモレスキンではないが、いったん使い方に習熟し、写真や音楽などの共有や知人との交流など自分なりの使い方に魅せられれば、60代以上高齢者女性を呼び込める大きな潮流となると思うのだが。まして、この人たちは今後の少子高齢化社会で大きな余暇時間を持ちうる、そして人数としてはかなり巨大な層である。「アクティブシニアのための、ライフハック、IT講座」、そろそろ出てきてもいいのではないかと思う。

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看護と介護のグローバルな問題

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日本は、インドネシアとフィリピンから、経済連携協定(EPA)によって、看護師・介護士候補者の受け入れを行っていることは周知のとおりである。
ふと、厚生労働省のホームページを見ていたら、滞在期間の延長に関する告示が出ていた。なかなか大変なのだな、ということだけは伝わってくる。
また、一般のサイトを見ると、日本語の壁が厚く、試験に合格した人は過去5年間で5%前後だとも聞く。
実際、受け入れの上限もあり、介護の場合は就学コース、就労コース合わせて各国300人ずつ(平成24年度)である。
いったいそれで足りるのか、というのは、率直な印象である。

日本人の勝手な立場から言うと、日本の高齢者の増加、要介護者の増加を想定した時に、本当に足りない、という感じがする。そこには、処遇の問題、キャリアの問題などいろいろある。
それをクリアしたのちに、日本人で足りないとなれば、海外の方の助けも必要だろう。しかし、日本人にも海外の人にも、いまの処遇で、多くの就労を望むことには無理がある。

さて、こんどは海外の方の立場に立ってみる。フィリピンは、世界的に見て、看護も介護も質が高いという。
アメリカの介護施設ではフィリピン人の方が多いと聞くし、海外の目では「フィリピンの人の思いやりあふれる介護は素晴らしい」と称賛されている。

一方、フィリピンの看護師の団体は、日本でフィリピン人看護師が働くには、あまりに高い言葉のハードル、ちゃんと就業できるかできないかわからない状態で数年間過ごす精神的な問題、そして、世界からみて低い給与体系など、問題を指摘しており、これは介護でも同様だ。

話は飛ぶが、イギリスでは、フィリピン人で年配の介護労働者が、帰国を余儀なくされているのだとか。移民の政策が変わったらしい。占めだされた形となったフィリピンの方は、こんどはカナダで就労するのだとか。

日本はこれからどうしていくのか。世界の人にどうやって手を貸してもらうのか。今のままじゃいけないことは明らかだ。

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「患者様」が医療を壊す

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「保護者の申し立てで不適格教員を追い出し研修をうけさせられる制度が大阪市教育基本条例案に盛り込まれる。」のニュースを見て感じた違和感を解きほぐす本に出会った。

『 「患者様」が医療を壊す 新潮選書 岩田健太郎 』

筆者の岩田先生は現在神戸大学大学院医学研究科教授・医学部付属病院感染症内科診療科長。物語は少年時代に体が弱く、お医者さんに質問もできなかった頃のエピソードから始まる。「昔のお医者さんは威張っていた。これからは患者様中心の医療だ」と。しかし全編親しみやすいトーンで伝えられるのは、「患者様(と呼ぶような)医療・医療コミュニケーションの有り方への疑問」、ファンタジーとしての「お医者さんと(その役割期待をする)患者さん」の立場をとるほうがうまく行くという点。

引用例に共感できる節が多い。例えば「学校の先生は偉いのである」。親が学校の教育方針にたてつくようなメンタリティーでは、結局子どもにとって良好な教育環境を作らない。先生が生徒に肯定的な期待をかけると生徒のパフォーマンスが良くなるという例があるように、患者さんはドクターショッピングに駆け回ったり、先生の荒さがしをしないほうがいいですよと。冒頭の「先生へダメだし」教育案に対する違和感は、同種の根から来ていたのかもしれない。

flower5.JPG特に一章「医師と患者はなぜ対立するのか」の中の「医師と患者は対等であるという幻想を捨ててください」、なぜならプロとアマチュアの圧倒的な知識と経験の差が有るとの点が目を引く。その中で「お医者さん」の役割をいかに全うすることが大切かについて説かれる。「正しいかどうかの評価」や「雄弁な説得」でなく、探られるのは「対話」の重要性。「これから"患者様"と呼びましょう」というマニュアル応対ではなく、患者さんの声を受け止めるための身体性と「(医師が)常に自分はこれで正しいかと自戒」する視点に説得力がある。

患者さんも医師の手術経験数や成功率を気にするよりも、結局はその方が得になるのだ。医師は「"先生僕の病気は治るんでしょうか"と聞かれて、"そうですね。直る確率が70%、重篤な後遺症を残す確率が20%、死ぬ確率が10%などといってはいけない。"ええちゃんと直ると思いますよ"と言いながら、そっと手を握ってあげるほうがよい」との話には、自然にうなづいてしまう。

医師、看護師、医療関係者ならずとも、患者さん、その家族の方、現在健康な人も、コミュニケーションの有り方を考える上で、是非読んで頂きたい。

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高齢者とパソコン

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先日、今年70才になる母がパソコンを新調した。「メールとインターネット見たいんだけど。らくらくホンみたいなお年寄り専用のパソコンってないかなあ」と、年末年始の帰省の折に聞かれた時には、私は生返事。結局父と相談しながら今年に入って小さなノートパソコンを買ったようだ。現在、メールアカウントの設定等苦戦している。

そんな母が少しでも自立できたらと思い『大きな字だからスグ分かる!ウィンドウズ 7入門 基本のキホン編 Windows 7対応 [単行本(ソフトカバー)] 著:大きな字編集部 湯浅英夫』をプレゼントし「お世話している地元主婦の合唱団のお便りや議事録もパソコンで作ってみたら?」と言ってみた。しかし本人「ノートの紙に書くのが一番慣れてていいわ。」とのことで、実際にはパソコンの出番は少ないよう。だがインターネットで旅行先の調べものをしたり、少しずつ最近パソコンを使い初めているのをみて「あの母がパソコン・・」と隔世の感が有った。

インターネットの利用者にはこうした65歳以上のシニア層が大量に流入している。総務省平成22年通信利用動向調査によれば、全国の59346人に「パソコン、携帯など媒体は問わず、過去1年に一回でもインターネット利用したかどうか」を聞いたところ、最も近年の利用率が伸びた年齢層は65-69歳。平成20年の38%から平成22年に57%と、この2年に実に20%近くも伸びており、この世代の約3人に2人はインターネットを利用したことになる。団塊世代の近年の定年退職も一因であろう。次いで70-79歳でも28%から39%と10%近く大きな伸長である。このようにインターネットを使いたい高齢者の数は、急速に伸びているが、果たして彼らをサポートするサービス・製品は果たして充分と言えるだろうか。

「携帯は字が小さくて、見にくいから写真やファイルはパソコンに送ってくれ」と
新聞を読む時に老眼鏡を使いながら父は言う。この世代に優しいサービスはあるのかと
調べてみたら、こんな製品が有った。

シニアに贈る、10倍わかりやすいキーボード
木製フレーム・ローマ字入力用キーボード フレームは高山の高級家具職人によるハンドメイドで文字の大きさは13倍。かな入力用もあり、手が震える方用のキーガードや、透明ゴムカバーもつけられる。

上記の開発者、岩田さんは、長年、NECで通信管理事業に携わり、退職後デザイン会社を設立。2006年「目にやさしいキーボード」を発表し、グッドデザイン賞・中小企業庁長官特別賞受賞。このキーボードの開発のきっかけもNECで通信管理に携わっていた頃、たった1つの打ち間違えが大損害に繋がる入力作業で文字の小さなキーボードの使いにくさを実感し、構想を練り始めたと言う。その後、パソコン教室で高齢者が虫眼鏡を使ってキーを打っていることを知り、誰もがストレスなく、楽しく使えるパソコン製品を作りたいと考え、退職後「目にやさしいキーボード」を完成させたそうだ。初心者や高齢者向け商品ばかりでなく、手が不自由な方にも使いやすい「大型Shiftスイッチ」や「押しボタン式マウス」、手が震える方向け「キーガード付キーボード」、弱視の方でも見やすい配色の「ローマ字入力用・13倍キーボード」などを開発、一般家庭だけでなく、病院、老人ホーム、養護学校などでも広く使われているという。

このキーボード、字が大きいことに加え、かな入力もあったり、直接指先に触れるキーボードが、家具職人による無垢の木製というのが印象的だ。
書籍の字も勿論のこと、パソコンディスプレイの字が大きい、キーボードの字が大きくて見やすいというのはこの世代の人達にとって重要なことだ。少子高齢化社会を突き進む昨今、メーカーも、キッズ携帯や格安パソコンよりも是非、高齢者専用PCの開発、サポートを強化すべきではないかと思うのだが。

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家族から見た認知症のマンガ

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ちょっとしたきっかけで、長崎からこんなマンガを取り寄せた。
 「ペコロスの母に会いに行く」
長崎市のシンガー・ソングライターで漫画家の岡野雄一さん(62)が、認知症を患う母(88)をテーマにした漫画である。
西日本新聞などで取り上げられているが、関東の人は知らないかもしれない。

岡野さんの描くおばあちゃんはほんとに可愛らしい。認知症の症状もなんだか可愛い。
岡野さんは、グループホームにいるお母さんを観察して、認知の症状の背後にある、その人の過去やつながりを描き出している。
長崎という舞台だけに、原爆という重い記憶も、認知症の世界に反映されている。

これを読んで、認知症は、人の心の営み、叫びであることを思い知らされる。
人は人生の中で何度か、耐えがたい悲しみ、喪失感を味わうことがある。
それが発症のきっかけであることはよくある。母は、苦楽を共にした弟をがんで失ったときから、症状が出始めた。

認知の世界では、失ったものを取り戻せる。
だから、はた目からはおかしな言動だったり行動だったりする。
認知にならずにいられるには、そうした悲しみや寂しさを埋める何かが必要なのかも知れない。
また、たとえ認知になってしまったとしても、その人の心が選択した世界を周囲が受け止めることも必要かもしれない。

マンガのなかで、おばあちゃんの笑顔を「人生のすべての重荷を下ろした笑顔」と表現されていることが強く心に残っている。
私もこのところ、認知症の方と会話をすることが何度かあり、不思議と自分が癒されていることに気付く。その癒しのもととなるのは、その方の笑顔である。これは意外だった。もちろん、笑顔の数分後には不穏(不安定で、怒ったり声を荒げたりする状態)になったりするのだが。
たぶん、認知症の方の笑顔の中には、人生のすべての重荷を溶かしこみ、消化し、あたかも何事もなかったかのようにしてしまおうとする何かが働いている。

その人の深いバックグラウンドを知らずして、認知症を治す、なんておこがましいのかもしれない。ただ、少しでも、症状の中にそういう笑顔が増えるようになればいいと思っている。

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治療からのドロップアウト

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先日、子どもに不意打ちを喰らって膝を痛めてしまい、近くの整形外科で診て頂くことにした。初めて行く病院である。

受付後、控え室に呼ばれ、エプロンを付けた女性に、怪我の状況などを聞かれた。その人は「記入が難しいですねぇ」と悩みながら、カルテに記入をしていた。看護師らしからぬ出で立ち、そしてカルテの記入に不慣れそうな様子に『この病院は大丈夫なのだろうか?』と、少し不安になった。

しばらくして診察室に呼ばれると、医師は先ほどのカルテを見ながら、「で、突然、膝が痛くなったんですね?」と聞いた。『さっき詳しく説明したのに...』と、また不安がよぎった。私が先ほどの説明を繰り返し始めると、医師は「分かりました。診察台の上に乗ってください。」と遮った。途中で遮られ、すっきりしない思いで、診察台に登った。

診断の結果、「靭帯損傷」ということだった。書類ケースから1枚の説明用紙を取り出し、痛みの場所や損傷の程度、完治には3週間以上掛かることなど、てきぱきと説明されたのは良かったと思う。

診療自体は良かったが、モヤモヤした気持ちが残った。その後、次第に痛みも和らぎ、医師の説明通りに良くなってきているのだが、何となく、あの病院にはもう行きたくないと思っている自分がいる。

「非言語コミュニケーション」という言葉をお聞きになったことがあるだろうか。ある実験結果では、人が他人から受け取る情報(感情や態度など)の割合は、

・「顔の表情」55%
・「声の質(高低)・大きさ・テンポ」38%
・「話す言葉の内容」7%

なのだそうだ。つまり、「顔の表情」や「声」など、言葉以外の情報が、印象の大半を決定付けているということになる。身だしなみや仕草、態度なども非言語コミュニケーションの一つである。

私の場合、看護師(?)のちょっと変わった服装や不慣れそうな仕草、医師の態度などの非言語情報が、印象を悪くさせていたように思う。(患者との)コミュニケーション向上のポイントは、案外、こういったところにあるのではないだろうか。

「笑顔の力」はこちら。

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老人医療と高齢者の尊厳

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私の年代は集まれば医療や介護の話題が尽きないのだが、先日、友人がこんなふうに話し出した。

「主人の父が亡くなるまでのあいだ、高齢だから、どんどんいろんな病気になったから、ものすごい薬の量だったの。でも、最後は、リハビリ病院で、主治医は整形外科。もうそのころには父は、1日にスプーン3杯くらいしか、食べらなかったのよ。なのに、薬だけは山のように飲まされて。整形外科の先生は、内科的な判断はしないから、その前の病院の処方を何も考えずに引き継いでいただけだったの。
それに、おしっこが出ないからって、点滴もしてくれなくて。いたずらに水分入れてもかえって良くないって言われれば仕方ないけど、どんどん干からびていくのをまのあたりにして辛かった。いったい日本の医療って何なんだ、って思った。」

美人で普段穏やかな友人の顔に、このときばかりは怒りの表情が浮かんでいた。

そういえば、父も母も山のように薬を飲んでいた。そんなとき、日本老年医学会のホームページを見て、高齢者はもう解毒能力も落ちているから、投与は慎重に、という文書を見て、ちょっと心配になったことを思い出した。
高齢者に対して特に慎重な投与を要する薬物リスト(日本老年医学会)


そして、同じく、この日本老年医学会のホームページに、ちょうど、
「高齢者の終末期の医療およびケアに関する日本老年医学会の立場表明2012」
が掲載されていたので、紹介したい。

立場表明は10年前にもなされていたようだ。今回、立場表明が改訂された理由は以下のように述べられている。

人びとの間にも、いたずらに命を引き延ばすよりも、尊厳という言葉の定義に問題が残るにせよ、その人らしい尊厳のある終末期を迎えたいという考えが強まっている。また、2000年に介護保険制度が発足して以来、在宅介護サービスや介護保険施設が増加し、今日では、医療施設から在宅や介護施設へと看取りの場が拡げられつつある。 しかし、その一方で、増大する医療費を抑制するための早期退院への圧力はますます強 まっており、高齢患者やその家族の意思を十分に確認することなく治療方針が決定される 傾向もある。(中略) この10 年間の高齢者の終末期医療およびケアに関する実態と意識の変化を踏まえ、日本 老年医学会倫理委員会では、より実情に即した「立場表明」に改訂することにした。

そのほか、終末期にかかわる用語の定義も、強い信念の感じられる文脈で書かれている。人生の最期にあたって、どんな手当てが望まれるのか。おぼろげながら感じている社会の矛盾がすぱっと指摘されているようで、いろいろと考えさせられる内容なので、是非ご一読をお勧めする。

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あの時のあの先生

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私は基本的には医者いらずで、年に一度も医者にかからない
ということも珍しくない。

そんな私が、数年前にこんな経験をしたことがある。

その日は土曜か日曜日。
でも、どうしても病院に行きたくて、タウンページを広げて、
診療日の病院を片っ端から探した。

大抵は休診日のため、虚しく呼び出し音が鳴り続けるか、
繋がっても、先生がいないので診れませんとの返答。

体調も優れず、目に涙を溜めながらボタンを押し続けて
何件目かの時、普通の呼び出し音から転送の呼び出し音に変わり、
そして外の雑音と混じった携帯電話と繋がった。

電話の相手は、そのクリニックの先生。
話しをしてみると、引越しの真っ最中で、横浜から引越し先の街
(私の住む街)に移動しているとのこと。
事情を話すと、休診日だけど診てあげる、と。
それだけでも涙が溢れてくるほどホっとしたのに、さらにその先生は、
場所はわかる?と聞いてくれた。
自宅から少し距離もあったため、わかりません、と伝えると、

「○○の地下鉄の出口はわかる?僕はそれでそちらに向かうから、
出口のところで待っていて。なにかあったら、またこの番号にかければ、
この携帯に繋がるから。」

1人暮らしで頼れる人もおらず、不安ばかりが膨らんでいく状況で、
なんてステキな先生と出会えたんだろうと思った。
抱える不安と、先生の言葉に安心したのと、泣きながら身支度を整え、
指定された場所に向かった記憶がある。

待ち合わせ場所から、クリニックまで10分弱。
決して饒舌ではないその先生と、ポツリポツリと会話をしながら
クリニックまで歩いた気がする。

今でも時々その先生のことを思い出す。
医者いらずなことと、一時期、別の場所に住んだこともあり。
あれから一度もそのクリニックには行っていない。

今はまた同じ街に住んでいる。
また同じようなことがあれば、駅前のクリニックではなく、
私は迷わず徒歩20分のその先生に診てもらいに行くと思う。


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名前について

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わが子の名前を付ける際に、親が願いを込めることにも似て、商品名は大切だと思う。
世のブランド担当者は、新製品を出す時に名前をつける機会があるとすれば血道を挙げて考えていることだろう。

おなかのぜい肉がついた人に「ナイシトール」(小林製薬)であったり、お米から手軽にパンが作れるホームベーカリー三洋電機「ゴパン」も名前自ら、人気商品らしい華がある。自動掃除機「ルンバ」も、その製品性能の新しさ、リズミカルな動きも予想させ、覚えやすいよい名前だと思う。国産のミネラルウォーター「い・ろ・は・す」は、「おいしい」と「環境にいい」を、日本古来の「いろは歌」の最初の三文字と、健康と環境を志向するキーワード「LOHAS (ロハス)」を掛け合わせ、やわらかな語感のひらがなの名で現わしているそうだ。

処方薬カテゴリーではどうなのだろう。近年一般的に広く告知されている「イナビル」(抗インフルエンザ薬)や「サーバリックス」(子宮頚がんワクチン)でさえ、処方されたり医師から説明されることがなければ、患者さんはまず覚えられないのではないか。何をしてくれるか(製品便益)や製品のもたらすイメージが重視される消費財とは違った命名となっていようが、成分名の一部からハーセプチン(乳がん)や、同カテゴリー内のリーディングブランド 抗アレルギー剤の「アレロック」、「アレグラ」ならばカテゴリーを想起させるだけまだしも分かりやすい。

先日掲載された小さなニュースがひっかかった。

大日本住友製薬は16日、血圧を下げる薬「アルマール」の販売名を「アロチノロール」に変更、早ければ6月にも新たな商品名で販売する。サノフィ・アベンティスが販売する血糖値を下げる薬「アマリール」と名称が似ているため、医療現場で薬剤を取り違え、誤って処方するミスが相次いでいた。大日本住友製薬は注意を呼びかける文書を医療機関に配布していたが、さらなる対策が必要として、名称の変更に踏み切ったとのこと。
flower4.jpg一般の人が購入する処方薬と違い、処方薬をどの患者にいつ処方するかの決定権は医師にある。現場で医療関係者が製品を取り違え、カテゴリーが違えば、患者さんの命に関わる大事な薬剤名である。多数の薬剤を同時に扱うこともあるだろう医療関係者に対して「名前が覚えやすい」「(疾病)カテゴリーを想起させる」もであるが、「良く似た名前の既存薬剤名がない」「他薬剤と識別しやすい」は大切な原則であるだろう。今回の薬剤名変更、製薬会社の担当者には痛恨の一撃であっただろうとしのばれる。
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ターシャ・テューダーの世界

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冬休みと、夏休みになると子どもの頃に行った島根の祖父母の家を思い出す。冬は土間で餅をつき、夏は宿題を持たずに泊りがけで親戚や祖父母と夏祭りに海に、子どもの頃の楽しい思い出のつまった古い小さな木造の家。その家の建つ町は、成人してから行ってみて「こんなに小さな町だったのか」と思う。

私にとっておばあちゃんとは、目に入れても痛くないほど孫を可愛がってくれる「世界で一番優しい人」であった。冬にはほどいた毛糸から小さなベストを編んでくれ、魚をさばいて刺身を作ってくれたり、祖父が畑で作った野菜の煮物を作ってくれた。X'masには鳥を孫のために、オーブンなどというしゃれたものがない分、フライパンで焼いてくれた。私が古いオルガンで、習ったばかりのピアノの小曲を弾いてみせたり、買ってもらった童話の本を読むと、目を細めて喜んでくれた。夏休みは、梅シロップとサイダーを冷やして待っていてくれたものだ。その祖母は、晩年アルツハイマー認知症にかかり、私の母による7年に及ぶ在宅介護の末、実家で20年以上前に静かに息をひきとった。

元気で生きていたら90を過ぎていただろう。何故、祖母のことを思い出したかと言うと、『おばあさんの魂 酒井順子』の中で紹介され、素敵なおばあさんに出会った。「ターシャ・テューダー」である。

この方、50歳代半ばよりバーモント州の小さな町のはずれで自給自足の一人暮らし、息子のセスが建てた家で1人暮らしを始めた。1800年代の農村の生活に学び、広大な庭で季節の花々を育て続け、ウェルシュ・コーギーなど動物に囲まれて暮らす絵本画家ターシャ。

house&flower.jpg早起きして季節の植物を育て、ハーブを収穫し、大小のかごを編む。麻糸を紡ぎ、染め、布を織る。山羊の乳を搾り、バターを作る。蜜ろうから作ったキャンドルの灯りの下、絵を描き、ぬいぐるみ作りや木工細工をし、必要な物の殆どを手作りする質素で優雅な生活。クリスマスにはもみの木を森から切り、ローストターキーを暖炉の火で炙る。何ヶ月も前からカードやオーナメント、ろうそくなどを作り、訪れる子どもたちのためにジンジャークッキーを焼き、戸外には雪とろうそくでランプを灯す。溜息が出るように贅沢で美しい生活の風景の数々。

晩年も2008年6月に永眠(享年92歳)されるまで、絵を描き続け、庭の花木を育てておられたと言う。

「理想の老い方」の一端を見るなどと難しいことを思わずとも、その美しい言葉と写真を、冬の夜長に単純に眺めて楽しんで頂けたら、医療、介護関係者ならずとも一度手にとって見られることをお勧めしたい。

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